【本レビュー】今、読むべき一冊『キュレーションの時代』(佐々木俊尚著)

by Kazumoto on 01/27/2011
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di.jpg友人、小野田奈々子さんより発売前の原稿をお裾分けいただきました!とても読みたかった本なので、感激でした!!

幼い頃「他の人には私が見えている世界と違う世界が見えているに違いない」と思っていました。特に瞳の色が違う外国の人と、私が見ている世界が同じはずが無いと思っていました。また、父親や母親と私が見ている世界は絶対に違うはずだと信じていました。そうでなければ笑顔を期待してやったことに対して怒られるなんてオカシイことが起こるはずがないと感じていました。

大人になるにつれて、どうやら私が「赤色」と見えているものは、他の人にも「赤色」に見えているようだということはわかりましたが、今も尚、私が感じている世界の有り様と、他の人が感じている世界の有り様は違うのではないかと考え続けています。

感性や個性が違うのであれば、当然同じ情報に接したときでも、受け止め方は異なるだろうし、その解釈、意味づけ、発信の形が変わってくるのが当然だと思うからです。

そして、今、まさに起こっている「変化」は画一的な情報に価値が無くなり、こうした「人」というフィルターを通した情報に重きを置く方向にシフトしつつあることだと私は感じています。この「今、まさに起こっている変化、起きつつある変化」というのは存外、説明するのは難しいものですが、2月8日に発売される、ジャーナリスト佐々木俊尚さんの著書『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる』は、まさに今起こっていること、起きつつあることを定義した希少な一冊です。これまでの刺激的なタイトルの著作とは違い、一見すると地味なタイトルのように思いましたが、これまで以上に多角的に実に緻密に今を教えてくれます。まさに今読まずしていつ読むのか!と思うほど、今、読んでおくべき一冊だと思います。

TVや新聞といったマスメディアが発信する画一的で扇動的な情報が唯一の情報源ではなくなり、百貨店にあるものが世の中の全てのモノであるように思えた時代は遠い過去となり、百科事典や辞書に載っていることが、情報の全てではないと気づいたとき、今までの価値観は大きく様変わりしました。また、今や地球の裏側の炭鉱事故の情報に一喜一憂するまでに、私たちが触れる情報というのは確実に範囲は広く、量は多くなっているといって良いでしょう。

しかし「情報」という言葉の意味合いが濃く・広く・どんどん重要なものになっている現在、必要な情報とどう出会うのか、どこに行けば出会えるのかというのは実に悩ましい問題です。新聞やテレビのニュースの9割までが、官庁や団体や一部企業などの発表もので埋められていますから、もうマスコミのニュースだけでは、そのニュースの重みや意味の全体像はわからなくなりました。

私個人の生活を考えてみても、すでに現在頼りにしている情報源の大半はネットになっています。新聞は取っていませんし、TVのニュースも殆ど見ません。それほどまでに情報との接点はネットに急速に傾いているともいえます。そして大事なことは、ネットで私が接するニュースの殆どがジャーナリストでも報道関係者でもない、一個人が書いたものを重視しているという事実です。ブログであり、Twitterであり、Facebookなどを通じてです。

私がいつも追っているブロガーさんやフォロワーさんは、膨大な数の情報から、各々のアンテナにヒットする情報を収集し、その情報の価値を見極め、意味づけをし発信してくれています。つまり私は他者のアンテナ、感性を通した情報を信頼し、価値があるとみなしているわけです。こうしたアンテナの役目を果たしてくれる人、数多ある情報から価値のあるものを濾過し、加工し発信してくれる人を「キュレーター」と呼ぶそうです。この情報の選びとり方、受け取り方とは、すなわち感性、個性と言い換えても良いかもしれません。

つまり、個人の感性がダイレクトに問われる時代、意味を放つと言い換えられるかもしれません。

「個性」と言う言葉を聞くと「いやぁ、自分には個性がないから」と言う方がいらっしゃいますが、私は誰だってみんな個性的だと思います。まったく典型的で平均的な日本人という人が仮にいたとしても、それはそれでその人の個性だと思います。表面を飾ることが個性だと勘違いしている人もいるようですが(作家の志茂田景樹氏のような格好とかww)個性とはファッションや化粧ではなく「素」だと思います。素直に行動していれば、それがその人の個性です。

大勢が行列を作っているラーメン屋さんがあったとして、「行列ができているのだから美味しいだろう」と思うか、「行列ができているところにわざわざ並ぶこともない」と思うか、そんな判断だって個性の表れでしょう。

そんな個性が自分にあるか?と、怖いことのように感じるかもしれませんが、私はこの本で勇気をもらいました。私が今まで歩んできた人生は人とはかなり異なったものです。私はそれをコンプレックスと捉えていましたが、どうやら奇妙な人生経験が意味を持ちそうだからです。情報を発信する場合であれ、受け取る場合であれ、これからはひとりひとりの感性、個性、歩んできた人生そのものがキュレーターとしてのその人の力量に直結し、光を放っていくものなのかもしれないからです。

既成の価値観が揺らぎ、何か新たなもの・ことが起ころうとしていることは漠と感じていて、それが何か知りたい人。その新たな何かに惹き付けられている人は、この本を読むとその全体像が見えてくると思います。

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